アジャラカモクレン

仲西森奈の日記です。

アジャラカモクレンニセンニジュウイチネンニガツヨウカカラジュウヨッカマデノニッキ

2月8日(月)

 今日は早めに起きて出勤前に皮膚科に行くぞ、と諦め半分で思っていたのだけど諦め半分だったからやはり起きれず。尿意を無駄に我慢しながらだらだら起床してゆるゆると準備をしていそいそと豆腐を食べて出勤。先週は毎日ほんとだめだめだったな、今週はちょっとはましな一週間にしたいな、と思いつつ。自分の不調をもっとロングスパンで見たほうがいいのかもな、とぼんやり思う。働く。やることが増えてきた、というより、やらなければいけないことと、やったほうがいいことがすこしずつ見えるようになってきた、といった感じか。めちゃくちゃ忙しい、というわけではぜんぜんなかった一日だったのだけどずっとせかせか動いていて、だからこの「見えるようになってきた」のと並行して「もっと無駄なく動く≒働く」ことを意識しないといけないのだけどそれがむずかしいというかわたしは苦手で、最近凹んでばかりの原因は主にこの「もっと無駄なく動く≒働く」ことがなかなかできないからで、うーん。わたしのこれまでのささやかな人生の処世術というか、それは悪い癖でもあるのだけれど、「(一見)無駄に見える所作や状態に心のお守りを見出す」みたいなところがわたしにはあり、その悪癖が最近は勤務の中で思考を邪魔している感がある。一度癖づいた悪いフォームを直すような作業が必要とされている。気がする。小学生のころの習い事(硬式テニス)、中学のころの部活動(卓球)、などでもその悪癖は発動されていたように思う。いろんなことを毎日思い出す。自分を責めるのはカンタン。カンタンなことはつまんない。つまんないことはやめたほうがいい。だからやめよう。明日から二日間は休みだから今日こそは早めに家に帰ろう、という強い気持ちでいそいそと帰宅。クラブハウスで子供鉅人の人たちのわちゃわちゃした即興芝居を聴いて何度も笑ってかんじさん進藤さんと話したりもして、それから久々にしけこと通話をしてしけこは漫画などのネタバレを率先して読むタイプらしく話の要点にしか興味がないとしきりに言うので「いっとくけど話の要点に話の要点はないからな」とやや苛ついて応えた。苛ついている自分にちょっとびっくりしつつわちゃわちゃ話していたらもう早朝みたいな時間になっていてわたしは数時間前からずっと布団にくるまった状態で通話をしていてもう眠かった。通話を切って、ふよふよとした感情を可愛がっていたら寝ていた。

2月9日(火)

 皮膚科に行こうとしていた、午前中に。行けなかった。去年読んだ本をようやく本棚に収めた。収めるついでに本棚の整理もして、見えやすい位置と奥まった位置の本の配置をああでもないこうでもないと動かしたり、自分の芯、みたいな本をまとめ直したりした。楽しい。時間が溶けるような作業。そのあと床掃除をして、溜まっていた洗濯物をがんがん洗濯して、干して。午前中に皮膚科に行けないならもう今日は一日中家にいようという気持ちでいたのだけれど、まおさんとLINEをしていたら今日はビールだビールだ慰労だ慰労だという気分に。米を5合研いで炊飯器のスイッチを入れて冷蔵庫にあったカブの葉をゴマ油と塩コショウで炒めて家を出て、自転車の鍵を外したあとに「やっぱ歩いていけるほうのスーパーにしよ」と思ってまたすぐに鍵をかけて歩き出した。イヤホンをつけずに外を歩くのは久しぶりのような気がする。「今日は外に出る日(もしくは、人と会う日)」とあらかじめ決めておかないとなかなか外に出られない人間だし、「今日は一日家にいる」という日が週に1度はないと具合が悪くなる人間なので、毎週の休日はけっこう切実に深呼吸みたいな感覚がある。今日はもともと「午前中に皮膚科に行くぞ」と思っていた日だったからスーパーに行くために外に出られた感じがする。スーパーの中で散々ふらふらした結果、黒ラベル6缶パック、ミックスチーズ、フライドチキン6個入り、カニクリームコロッケ、コロッケ、メンチカツ、を買ってほくほくした気分で帰宅。黒ラベルとミックスチーズは冷蔵庫に入れて、フライドチキンとカニクリームコロッケとコロッケとメンチカツを温めて、どんぶりにご飯を山盛りにして、その上にカブの葉の炒めたやつをのっけて、平皿にフライドチキンとカニクリームコロッケとコロッケとメンチカツを盛って、おうち麺TV.の動画を流し見しながら、ああそうだそうだソースだソース毎回ソース買い忘れるんだよな〜〜〜と思いながら、なにもかけずにコロッケたちをガツガツ食べてフライドチキンもご飯もコロッケたちもたいらげて、おなかを休めていたら眠気がやってきて、シャワーを浴びた。寝ようか、どうしようか、と思いながらビールを開けてかぷかぷ飲んで、クラブハウスで中橋さんたちのルームを聴いていたり途中で参加してふざけあったり。すっかりクラブハウス厨だ。きっと良くない。柴崎友香『春の庭』所収「春の庭」「糸」読む。ななえちゃんとメッセージでやりとりしたり(遊びにいきたいよ〜)、『春の庭』所収「糸」の蛙のメタファーに震えて衝動的にみのりさんにLINEを送ったり。しているうちに外が明るくなってきていてほんとうによくない。休日に疲れてどうする。寝る。

2月10日(水)

 昨日皮膚科に行けなかったということは今日も皮膚科に行けないということで、それは「今日は外に出る日」とあらかじめ決めていなかったからで、だから今日はわたしは家を出ない。というのはちょっと意固地が過ぎるような気もするが。だからもうそれはしょうがない。明日早めに起きて行けるか、どうか。今月のlook(s)も早めに撮っておきたい。

 オリンピックをどうにかしてやりたい人らの発言への抗議のひとつとして「変わる男たち」「わきまえない女たち」みたいな言葉がツイッターで散見されるようになって、もやもやしている。「男たち」、「女たち」。いつまで「男」と「女」なんだろう、と思う。「変わる私たち」「わきまえない私たち」では駄目なのだろうか。「変わる」「わきまえない」という言葉にももやもやする。何にもやもやしているのかうまく掴めていないけど、もやもやする。それでいいんか、それで、みたいな気分。変わる/変わらない、わきまえる/わきまえない、という言葉、軸、で、いいのか、本当に。「変わる男たち」は、「わきまえない女たち」は、「それ以外たち」のことをどれくらい視認しているのだろうか。「男たち」にも「女たち」にも入れない/入らない人のことについては、どう思っているのだろうか。

 わたしは、わたしの性別についても、もやもやしている。それは子供のころからだけど、そのころから、形を濃度を揺らぎの種類を変えて、ずっと。「男たち」はもちろん、「女たち」という言葉を扱う人たちの輪には入れないな、と思うし、「女たち」という言葉が扱われるときに想定される「女たち」の中に、わたし(みたいな人)はいないんじゃないかな、と思う。でも、わたしは、わたしのことも(も?)「女」だと思う。と同時に、わたしは、わたしのことを「わたし」だとも思う。ときどきは限りなく男に近い気分にあるのかもしれないと思うこともあるし、どちらでもない存在なんだろうな、と思うこともある。でも、クエスチョニングである自覚はない。「女」だと、思ってる。でも(以下無限ループ)。みたいな状態で生きている。だれかに、(こういう想像をするときの「だれか」は顔の見えないぼんやりとした像の男性であることが多い)一度でいい、しっかりと抱きしめられたら、わたしはわたしを「女」だと思うだろう。思いたい、と思う。ああわたしは(うだうだ考えていても「結局は」、)「女」なのだ、と甘美な諦めに似たよろこびを実感するために、抱きしめられたい。さみしい、とも違う。実感を伴いながら生きるための寄る辺が、あまりにも少ない。気がする。甘えなのかもしれない。何への?誰への?どこへの?

 明日は祝日だということに気がついた。ということは、明日も皮膚科に行けないということだ。ばかやろー。金曜日には行かねば。

 昼過ぎに起きて、「たぬきゅんの仲良し放送局」の新しい回が更新されていることを知って、それを聴きながらクイックルワイパーで床掃除をしてキッチンと風呂場のゴミをまとめてゴミステーションにぶちこみに行って、その帰りに郵便受けを見たらON READINGから『歌集 ここでのこと』が届いていてうれしいうれしい気持ちになった。家に入ってから封を開けて手に取るとずいぶん美しい装丁で、良い意味で、贅沢品、といった感。すべすべと表面を撫でたりぱらぱらとめくったりしていると藤原印刷という文字を見つけて、そうか、藤原印刷なんだな、と思った。いつ読もう。ちょっと寝かせておきたい。冷凍庫から先週買って冷凍しておいたトーストを1枚と、1ヶ月ほど前に作り置きしておいたトマトソースを取り出して、軽く解凍したトーストの上に同じく解凍したトマトソース、そしてミックスチーズを盛って、トースターで焼いて、ピザトーストを作って食べた。職場のメニューの簡略版。職場のピザトーストを、そういえばまだ食べたことがないな、と思った。簡略版でもずいぶんと美味しくて、ちょうどよくお腹が満たされる感覚があった。家でトーストを焼いて食べるのもずいぶん久々だ。この家で暮らしはじめてからは初めて。笹塚に住んでいたときは、結局一度もトーストを食べなかった気がする。だとすると前回おうちトーストを食べたのは、京都のアパートか。柴崎友香『春の庭』をじりじり読んだり、コーヒーを飲んだり煙草を吸ったりしているうちに、不意にショートスパンコール94篇目の形が自分の中でまとまり、いそいそとパソコンの前に座って、書いた。その流れで95篇目も書けて、書けた書けた、よしよし、と思いつつ公開する。94篇目ではずっと老人ホームでの一幕を書きたいと思っていて、誰の視点でどういう書き方でいくかをずっと決めかねていて、どういう選択をしてもなにかいやらしいというか、書きたいと思っているシーンがゴテゴテとしつこくなりすぎたり、説明説明しすぎる感じになりそうな予感があって、手を付けられずにいた。今日書けた方法でその予感が無事払拭されたのかどうかは正直ちょっとわからないが。今日書けるとは思わなかったな、とぼんやり思っていると眠たくなってきてまだ夜も早い時間帯で、気圧が下がっているのかもしれなかった。だるくて、眠くて、キッチンで立ったまま納豆ご飯を食べて、歯を磨いて、布団にもぐって『春の庭』の残りを読んでいたら突然せつなくなって貪欲の手を握ったり頬をうずめたりして感情をやり過ごした、「やっぱり湯船に浸かって身体をあっためよう」という気分になり、起き上がって風呂場へ行って浴槽を洗ってからお湯をためはじめて、たまるまでの間、キッチンに置いてあるキャンプ用の椅子に座って、昨日買った黒ラベルを1缶開けて、ヤマシタトモコ『違国日記』7巻を読んだ。お湯がたまって髪をまとめてシャワーキャップを被って入水。入湯? 入浴か。入浴。お湯に浸かりながらオーレ・トシュテンセン『あるノルウェーの大工の日記』を読む。ちびちび、ゆるゆる、じわじわ、あったかくて、おもしろい。「あったかくて」と感じるのはわたしがお湯に浸かりながらこの本を読んでいるからなのかもしれないけれど、あったかい。あったかくて、おもしろい。知らない言葉、知らない仕組み、知らない態度がどんどん出てくる。そうか、インテリア、という言葉はあたりまえに知っていたけれど、エクステリアという言葉があるのか……。のぼせそうになるまで浸かっていて、ふらふらとお風呂から出て、眠くて仕方がなかったのに読みたい気持ちが勝ってきて、煎茶を淹れて飲みながら土岐友浩『Bootleg』と永井祐『日本の中でたのしく暮らす』を読む。度胸、みたいなことを思いながらずんずんたのしく読む。読んでいる途中、不意に「あ、いま作れる」という状態になって短歌連作を作った。「洛中」と名付けてiPhoneをたぷたぷいじってTwitterに投稿する。してから、引き続き読むモード。

短歌連作「洛中」
自重から解き放たれることはなくあくまで吊り上げられる口角
黒ラベルロング缶なら許されたあの数秒の無言であるとか
頼まれたときから既にできていて知っていたって素振りの中華屋
拒否いずれ許容になって山と山の間に例えば宿があること
お買い物までの準備に旅支度らしさ伴う私服のあなた

 今日はショートスパンコールも書けて短歌も作れて上出来。ずっとゆるく頭が重くてだるいのだけど、眠ればどうにかなるでしょう。たぶん。

 そして午前4時。寝よう。馬鹿。寝ろ。寝る。


2月11日(木)

 先週の日記で短歌を作るときに最近思っていることを書いたけどそんなん関係なく素直に作ったらええ、素直に作ること以外なんも考えんでええ、みたいな気分に昨日からなっていてわたしの気持ち、考え、感情なんて信用ならない。

 11時半ごろ目が覚める。6時間くらいしか眠っていないはずだけどやたらと長く眠ったような感覚があってそれは眠りが深かったということか。起き上がって、昨日そのままにしていた洗い物をしつつお湯を沸かして白湯を2杯立て続けに飲んで昨日の出涸らしで煎茶を淹れてくぴくぴ飲みながら煙草を吸いながら永井祐『日本の中でたのしく暮らす』読む。祝日で皮膚科と耳鼻科は閉まっているから、今日は出勤前にそれ以外の用事をこなせたら、と思っている。look(s)を撮って、通帳記入をして、お金を公共料金用の口座から生活費用の口座にすこし移して、入金作業をして、連絡しないといけない人に連絡をして、自転車に空気を入れて、スーパーで魚の切り身でも買いたい。魚の切り身は必須ではない。昨日というか一昨日の深夜に作ったプレイリストを昨日から延々リピートしている。私的懐メロの羅列、みたいなプレイリストになった。

 シュトーレンがまだ冷蔵庫にあって、まだちびちび食べている。次のクリスマスシーズンまで思い出す人がいなくなってきた、いまくらいのシュトーレンが美味しい。 

 納豆ご飯をがつがつ食べ、出勤。働く。久々初台デー。働き終え、ご飯をばくばく食べ、家に帰って夜ふかしをして眠る。

2月12日(金)

 なんだかとても幸福な夢を見てあわてて起きて支度をして出勤。下北。明日明後日はBONUS TRACKで催事なのできっと猛烈に忙しい、はず。いそいそあわあわと二日間に備える。閉店間際にやってきたななえちゃんとしゃべりながら発注などしていると阿久津さんがやってきて明日明後日売る台湾ウィスキーの写真などを撮りはじめてななえちゃんと楽しげに構図を考えていてその光景がなんだか良かった。ショートスパンコール更新デー。阿久津さんは仕事でZOOMだということで2階へ行き、わたしとななえちゃんは1階でナマケモノの動画をYouTubeで観て愛くるしさに悶絶していた。しばらくしてななえちゃんが帰り、わたしもわたしでごはんを食べて帰ろう、と思っていたら阿久津さんが降りてきて面白いものが見れるからおいでと言われてひょこひょこついて行ったら面白いものが見れた。デイリーコーヒースタンドのゆうさんとZOOM越しにはじめましてをした。お互い文字上では知っていてなんだか不思議な気分。楽しくわちゃわちゃと話しているうちに阿久津さんはがんがんにお酒を飲んでがんがんに酔っ払っていって終いにはその場で眠り始めた。ZOOMが終わり、阿久津さんは起きそうになかった。電気を消して、片付けをして、さあ帰ろうか、と思っているとみのりさんから電話がかかってきて、出る。みのりさんとわちゃわちゃ話をしながら職場を出て、自転車を押して、1時間ほどかけて職場から家まで、歩いて帰った。家についてもみのりさんとのおしゃべりは止まらず、たのしいたのしいと思っているうちに4時とか5時とかになっていて、ふたりしてあわてる。電話を切って、ふらふらと着替えて、寝よう、寝よう、と思っていたらなぜか頭が短歌を作るモードになっていて、寝たい、寝ないと、寝ろよ、と身体が言っているのに頭が言うことを聞かなくて折坂悠太『平成』を流しながら聴きながらどんどん短歌ができていって笑った。寝ろよ!!!!

短歌連作「都内」
坂道を駆け降りるためなだらかな身体でなだらかに眠らねば
自転車にエアー と打たれたリマインダー 覚えがなくて告知がきてる
低く深く都内に風が吹いている おそらく右翼の車で目覚める
物流はとても座りがいい言葉 幹線道路の砂利蹴り上げて
昔の写真(写真は昔だ)親元を離れてからブラジャーを買うこと
すごいことだ射精しなくていい肉体ってやつはほんとに 国道
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12月やさしいね
Amazonだ と思うときAmazonはあなたに灯す魂を持つ
殺したい奴いるくらいあたりまえですか?健康ですか?      へえ

 壊れてしまう。ベッドにインしてスリープ。

2月13日(土)

 起きてすぐ昨日作った短歌をまとめ直して1首追加で作って連作をもうひとつ作って起き抜けにしては旺盛な創作意欲だった。

短歌連作「眠りの圏外」
怒りから光に変わるゲートまで導かれている、いま、この人に
歌い方声高に言う人といて天上天下が旋律になる
ほんとうは夜は幼な子たちのもの幸せはおれたちに降るもの
欲望に貴賤はなくて米を炊く前に無意味なくちづけをする
韻律を整えようとするようにきみはわたしの名を諳んじた
眠りから遠いところに立っていてだから遥かな道のりでした

 洗顔をして(お風呂に入りたい。入れない。)お湯を大量に沸かしてパスタを大量に茹でてバターと醤油と納豆とゆかりと海苔でぐちゃぐちゃにしたものを急いで食べて出勤。いそがしいそがしいそがしいそがしあわあわあわあわあわあわあわあわすごいすごいすごいすごいいそがしいそがしいそがしいそがしあらあらあらあらあらほいほいほいほいせいせいせいせいそれそれそれそれいそがしいそがしいそがしいそがし閉店時間。踊るように働いた。チーズケーキを次々焼いてカレーの仕込みを途中までやってまるでお店だねと阿久津さんと笑い合った。昨日の痛飲で阿久津さんはへろへろの様子で、いつもより早く帰っていった。阿久津さんが帰ってからごはんをばくばく食べ、明日の準備をすこしして、永井祐『日本の中でたのしく暮らす』を読む。読んでから、長らく積んできた『仕事本』を読み始めようとぱらぱらしていると酒瓶の中の酒がぐらぐら揺れだして地震だった。あっこれは、おっ、えっ、となってすぐにテーブルの下に隠れた。くらくらする。iPhoneTwitterを開くとどうやらかなり大きな地震で、しかも福島。あんまりいろんな情報を見ないようにしよう、と思いつつ目はタイムラインを追っていった。ゆかちゃんから「だいじょうぶですか!」というLINEがきた。こわかった!と返事を打った。みうらさんと石川くんからもそういったLINEが来て同じような返事を打った。これはもう、帰れ、ってことだな、ということで帰り支度をして職場を出る。なんとなく、自販機でオロナミンCを買った。帰宅。すこしまえに買ったラジカセをつけてAMラジオをつけた。洗濯物をとりこんだ。ラジオを流しっぱなしにしながら、お風呂に入って、貯水とか一応したほうがいいんかな、という気になり、髪と身体を洗ってから浴槽を洗ってお湯を張って、湯に浸かる。浸かりながらオーレ・トシュテンセン『あるノルウェーの大工の日記』読む。アツい本だなあと思いつつ屋根裏の改築についてのあれこれを読んでいるとふわふわ眠たいような気になってきて湯船から出て浴槽に蓋をして身体を拭いて寝間着を着て髪を乾かしてオロナミンCを飲みつつ永井祐『広い世界と2や8や7』を読み始める。煙草を吸って歯を磨いていま。エレ片のラジオを聴きながらこれを打っていて、もう寝ないと。明日は1日中下北で働く。きっと猛烈に忙しい。大丈夫。早起きしなきゃ。

2月14日(日)

 早起きでーきた!せっせと準備をして家を出て、買い出しを済ませて朝の職場へ。即座に仕込みを開始して開店前を慌ただしく過ごして、開店して回転して踊るように忙しく閉店まで働く。すっかりへとへとになって、逆にハイ、みたいな状態になっていて閉店後の店内でしばらく呆然としたり阿久津さんとたのしく話したり。阿久津さんが帰ってから、ごはんをどっしり食べて、短歌を作った。バレンタイン短歌。

短歌連作「千とバレンタイン」
愛されたビス愛された室外機愛された飲みさしのピルクル
巻き爪に拍車がかかり側面の皮かたくなる たまに食べちゃう
ビタミンって人間に発見されるまでビタミンじゃなかったんだって え?
つむじからさわさわ音が出るような生え方ですね 髪の そう、毛
わかんないけどなんとなくこの命終わるまで見ない気がする 修羅場
テレアポを初回の座学でばっくれるきみこそ神になるべきなのに
考えるワシでありたい(いま葦って言うと思ったじゃろ。がはははは)
おふざけは個々までにして景観のいいエレベーター越しの森ビル
ライフ、ワーク、バランスでじゃんけんしようなんどもライフであいこにしよう

 と、バレンタインとはあまり関係ない短歌。

短歌連作「水筒と自戒」
いきたいものだ400字詰め数枚で数万円が相場の立場
水筒に白湯入れるのだ御守りの中身はどうでもいいようなもの
揺れてから揺れに過敏になるくせに/だからこそ強く貧乏ゆする
漠然と いやはっきりと 眼の位置にあなたの眼があること うれしいな
怒りって場所がこわれる 人がこわれるのはそれから それは嫌です
勤労がおもしろいのかおもしろいから勤労なのか 髪を結う
些事ばかり間違えながら生きていて昨日滑った口の復唱

 永井祐『広い世界と2や8や7』読む。土岐友浩『僕は行くよ』読み始める。ずいぶん遅くまで職場にいて短歌を作る状態から抜け出せなくなっていた。2時だか3時だかに職場を出て、人通りのない帰り道を自転車で。空気がぬるい。雨が振りそうだったというかもう降り出していた。粉みたいな雨。帰って、しんどいな、と思う。気圧が下がっているというより落下している。だれかを、特定のだれかを気になり始めること、すきだとはっきり思い始めること。東浩紀が突発的にニコ生配信をしていて、それをずっとワイヤレスイヤホンで聴いている状態で寝支度を済ませて、布団に入ってもずっと聴いていて、東浩紀の声質は気持ちいいな、はじめて知った、心地いい、耳にやさしい、言葉の連続を聴き続けたい、このまま……と思っていたらいつの間にか意識を失っていた。

 

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